我歴STOCKとは

 

「我歴STOCK in 女川 ~溌進編~」は
2018日6月17日(日)宮城県牡鹿郡女川町で開催される
女川福幸丸が主催する無料の音楽イベントです。
(※少雨決行。荒天時は中止となります)

 

−開催趣意書−

平成30年、節目の年を迎えました。8年にも渡る女川町復興計画が、平成30年度をもち最終となります。町内の住居に関わる大部分の整備事業がほぼ完了するとの話です。

個人的な話になりますが、昨年末に自宅が完成しました。大切な家族を亡くし、住む場所も転々と変わり、それでも前だけを向いて頑張ってきた7年でした。「やっと落ち着ける場所ができた」と心から安堵しています。

しかし、安心してばかりではいられません。女川町も、私自身も、生活の基盤が出来たこれからが新たなスタートだと感じるからです。

誰しも新しいスタートには不安があります。自信の無さから、せっかくのチャンスを諦めてしまうこともあるでしょう。昨年の我歴stock in 女川~奏開編~で実施したワークショップも初めての試みで不安がありました。

でも、なぜ途中で諦めずに実施できたのか?それは女川福幸丸だけではなく、町内の皆さんと一緒に作り上げる我歴stock in 女川だったからです。

自分達だけで頑張るのではなく、町の皆さんと女川町のために。そう思うと不思議と不安が消え、成功に向けて頑張る勇気になりました。

今年も女川福幸丸は町の皆さんと共に我歴stock in 女川を作りたいと考えています。

我歴stock in 女川を通して生まれる人の輪、そこから生まれる力をこれからスタートする女川町の原動力へと繋げていきたいと思います。女川町の隅々までこの力が届くよう、女川福幸丸は歩みを止めず挑戦し続けます。

平成30年3月1日

女川福幸丸(我歴stock in 女川 実行員会)

船長  植木 智子

 

【女川福幸丸・ 我歴ガレキSTOCKについて】

女川福幸丸とは、宮城県女川町の若者が中心になって立ち上げた団体です。
きっかけは、2011年3月11日の東日本大震災。
福幸丸の代表(以下:船長)である佐藤友視、その他のメンバー(以下:クルー)の多くが悲しみに明け暮れ、これから女川はどうなるんだろう?という不安の中、日々を過ごしていました。
そんなある日、船長の職場のラジオから音楽が流れてきました。
すると、ピリピリしていたその場が和やかになっていくのを感じました。

『音楽の力ってすごいんだ!』

船長は改めて音楽の持つ力の凄さを感じたのです。
船長はクルーを集め、福幸丸と名付けた団体で、音楽イベントをやることを決意。
それが女川福幸丸の始まりです。
2011年10月30日、本当にたくさんの方々にご協力いただき、『我歴stock in onagawa ~福興編~』を、開催することができました。

それ以来毎年、その時々の町の姿を反映させたサブタイトルを掲げて開催しています。
2011年「復興編」、2012年「奮闘編」、2013年「出航編」、2014年「冒険編」、そして2015年からは船長が2代目へと世代交代し「新時代編」「共鳴編」「奏開編」を開催。
来場者、アーティスト、そして町民が一体となるようなイベントを目指し、日々奮闘しています。

イベント名の「我歴STOCK」は、かつてアメリカで行われ、40万人を動員した伝説の野外ロックフェス”ウッドストック”にあやかりました。
「我歴(ガレキ)」には、震災の津波で破壊された家々や町が瓦礫と呼ばれるのを聞き、「瓦礫ではない。私たちの歴史そのものだ」という思いを込めました。さらに、新たな我らの歴史をこれからストック(積み重ねる)していこうという希望も託して。

また、我歴STOCK以外にも女川で行われるイベントの運営サポートなど、女川のために活動を続けています