我歴STOCKとは

 

「我歴STOCK in 女川 ~奏開編~」は
2017日6月18日(日)宮城県牡鹿郡女川町で開催される
女川福幸丸が主催する無料の音楽イベントです。
(※少雨決行。荒天時は中止となります)

 

- 開催趣意書 -

女川のまちは、日々、目まぐるしく変わってきています。町内中心部の宅地造成が進み、仮設住宅を出てそれぞれの生活を始める人も増えているように感じます。

駅前商業施設においては、「ハマテラス」が昨年末に開業し、休日に限らず多くの観光客が訪れています。大震災から6年が経過した現在でも町外から足を延ばしてくれる人がいることに大変嬉しく思っています。

私たちは大震災で、今まで当たり前だと思っていた生活が突然変わってしまいました。家族や友人との何気ない会話や生活、その日常がどんなに尊かったのか。震災を経験した誰もが、身をもって感じたことでしょう。まもなくあの日から7年目を迎えます。あの時に感じた思いは忘れていないか、今の生活に慣れきって毎日を適当に過ごしていないか…と、ふと思う事もあります。

2011年から開催した我歴stock in 女川は、今年の開催で7回目を迎えます。

「町の復興計画が8年」、音楽の力で町を盛り上げたい!復興を後押しするため10回は続ける、と宣言して始まったイベントも折り返しを過ぎました。あっという間に過ぎたように感じる月日ですが、自分たちの思いや力だけではここまで続けることはできませんでした。

町民をはじめ、多くの人が私たちの思いに賛同し支えてくださったからこそだと、開催を重ねるごとに強く感じるようになってきています。

「田舎だから不可能だ…」そんな概念を取り払い、自分たちにあるものを最大限に活用し、この女川町で出来ることを探していきたいと考えています。同じ地域に住む人同士の結びつきが強く、固い、女川町だからこそできること。音楽をきっかけに町民が集い、心の憩いの場として欲しい。そして町民同士のふれあいから、年齢を関係なく互いの知識を学び合う場へ。地域の人と女川福幸丸が一緒に作り上げていく我歴stock in 女川を通して、まちに無限に存在する可能性を広げていきたいと思います。

東日本大震災から6年が経ち、7年目が始まろうとしている今。ここに立ち会うことができなかった家族や友人の分まで精一杯やりたい。2011年に宣言した10回目の開催まで、残り4回。まだまだ勢いを緩めることなく、女川福幸丸は突き進みます。

平成29年3月1日

女川福幸丸(我歴stock in 女川 実行委員会)

 

 

【女川福幸丸・ 我歴ガレキSTOCKについて】

女川福幸丸とは、宮城県女川町の若者が中心になって立ち上げた団体です。
きっかけは、2011年3月11日の東日本大震災。
福幸丸の代表(以下:船長)である佐藤友視、その他のメンバー(以下:クルー)の多くが悲しみに明け暮れ、これから女川はどうなるんだろう?という不安の中、日々を過ごしていました。
そんなある日、船長の職場のラジオから音楽が流れてきました。
すると、ピリピリしていたその場が和やかになっていくのを感じました。

『音楽の力ってすごいんだ!』

船長は改めて音楽の持つ力の凄さを感じたのです。
船長はクルーを集め、福幸丸と名付けた団体で、音楽イベントをやることを決意。
それが女川福幸丸の始まりです。
2011年10月30日、本当にたくさんの方々にご協力いただき、『我歴stock in onagawa ~福興編~』を、開催することができました。

それ以来毎年、その時々の町の姿を反映させたサブタイトルを掲げて開催しています。
2011年「復興編」、2012年「奮闘編」、2013年「出航編」、2014年「冒険編」、そして2015年からは船長が2代目へと世代交代し「新時代編」「共鳴編」を開催。クルーの数も少しずつ増え、地元の高校生もイベントの盛り上げに一役買っています。
2017年の今年は、「音を奏でて、女川の可能性を拡げる」との想いを込めて「奏開編」に決定。来場者、アーティスト、そして町民が一体となるようなイベントを目指し、日々奮闘しています。

イベント名の「我歴STOCK」は、かつてアメリカで行われ、40万人を動員した伝説の野外ロックフェス”ウッドストック”にあやかりました。
「我歴(ガレキ)」には、震災の津波で破壊された家々や町が瓦礫と呼ばれるのを聞き、「瓦礫ではない。私たちの歴史そのものだ」という思いを込めました。さらに、新たな我らの歴史をこれからストック(積み重ねる)していこうという希望も託して。

また、我歴STOCK以外にも女川で行われるイベントの運営サポートなど、女川のために活動を続けています